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「浄土真宗って何?」から始めて歎異抄を読んでみた|教えをわかりやすく解説

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お葬式の事を調べているうちに、私は自分の宗派についてよく知らないなと改めて思いました。

私の家は『浄土真宗』という事は知っていましたが、浄土真宗がどんな思想で、どの仏様を信仰しているのかについては恥ずかしながら、気に留めた事がありませんでした。

そこで、浄土真宗について理解するため、浄土真宗の仏教書『歎異抄』を読んでみたのでまとめます。

※本記事は『歎異抄』を読んだうえでの、あくまで私なりの解釈・理解をまとめたものです。

歎異抄(たんにしょう)とは?

「親鸞」という名前を聞いたことがありますか?

中学校の社会の授業でお初にお目にかかったような記憶がありますね🤔

親鸞は浄土真宗の宗祖浄土真宗で信仰されているのは「阿弥陀仏(あみだぶつ)」です

親鸞の教えは、それまでの仏教の考え方と大きく異なり、当時の人々にとって革新的だった為、言葉の意味を取り違える信者が多く出現しました。

「本当はそういう意味じゃないのに~😭!! それ、勘違いっ!!親鸞聖人はそんなこと言ってない!悲しい😭」という思いを抱えた弟子の唯円が、親鸞の教えを書物にまとめる事にしました📚

論をき、書き記した物()」=歎異抄

歎異抄は前序、本編第18章、後序から構成されています。日本で広く読まれている仏教書の一つです👏

浄土真宗の教え

浄土真宗は現在日本で一番信者の多い宗派で、信者数は約1500万人にのぼります。

浄土真宗の教えは、「それまでの仏教の考え方と大きく異なり、当時の人々にとって革新的だった」と記載しましたが、どのように革新的だったのか。

それは、「100%他力本願。阿弥陀仏のはたらきによって、すでにすべての人が救われるとされており、そのことに気づいたとき、自然と『南無阿弥陀仏』と念仏が出てくる」という教えです。というものです。

…うん。確かに。念仏を唱えるだけで救われるという考えは、一見すると虫が良すぎるようにも感じてしまうのが人間の性かもしれません🐝

今も昔も、悟りを開いたり、浄土へいくには、それはそれは厳しい修行を乗り越え、日々徳を積んで、人の役に立つ行いをした者がやっとたどり着ける場所だと認識している人が多いのではないでしょうか。

修行でイメージするのは、天台宗の「千日回峰行」のような苦しそうなやつです。1000日間、食事も睡眠もろくに取らず、30キロの道のりをお参りしながら歩き続けるという修行ですが、場所が比叡山ですから、標高差もあり、礼拝場所も260か所もあるので、並大抵の人間では成し遂げる事が難しいでしょう。

そう。親鸞聖人も、厳しい修行を行っている中でお気づきになられたのでした。

「厳しい修行を乗り越えられる人間は一握りじゃないか?だったら、ほぼほぼの人間が地獄へ行くことになってしまうよな。私も20年間厳しい修業をし、ここまで頑張ってはきたが、位も低いし、もう修行無理やし、煩悩も全部は消えないし(特に性欲…)、どうすれば…。」

そんな時に、親鸞聖人は運命の出会いを果たしました。お師匠様となられます、法然です。

法然上人は「自己の努力ではなく、仏の力に頼る事が重要だ。念仏を唱える事が救済の道だ。」と他力本願を説き、親鸞聖人は衝撃を受け、一気に法然の虜となったそうです。

親鸞の法然への師弟愛は強く、「もし法然の教えが嘘で、念仏唱えたら実は地獄に落ちるんでした~😏ざんね~ん🤚となったとしても、法然上人が教えてくれたことを実践して地獄に落ちるなら、それでもいいです。」と言っていたそうです。

「阿弥陀様を信じて念仏を唱えるだけ」というシンプルな考え方がわかりやすく、信仰しやすい為、一般の人々にも広まり、今では日本で一番の信者数を誇る宗派となりました。

活かせる教え

歎異抄を読んでわかった事は、浄土真宗の中で、人間とはみんな欲や怒り、愚痴などの”煩悩”を持っていて、その煩悩を捨て去る事は自力ではできないという事。

それを、阿弥陀様は「人間はなんてかわいそうな生き物なんだ…。どんな人間も救ってやりたいっ!!😭私を信じ、名前を唱えた者は皆、死んだら極楽浄土へ往かせてあげよう。」と本願を起こされたという。

そもそも浄土へ往けるとは何か。結構スピ系の話になりますが、宗教とはそういう事ですよね⭐

私達がいる人間界は輪廻転生を繰り返していて、人間や動物に生まれる度に、煩悩と常にセットで生きて行かないといけない。

この輪廻転生のルートに入り続けている事自体が、煩悩に苦しめられ続ける修行の場だとし、輪廻転生のルートから抜け出て(解脱)、浄土(阿弥陀仏のさとりの世界)に往生することで、煩悩に苦しむ迷いの世界から離れると考えられています。

人間は、生きてるだけで修行中。そして、人間が煩悩だらけである事は仕方がない

「〇〇ちゃんの方がかわいくていいなぁ。」
「いつもあいつ調子乗ってるから、失敗しろ。」
「〇〇さん、彼氏と別れたって。ざまぁ。」
「私の方が頑張ってるのに、なんで〇〇さんが合格なの…。」
「〇〇ちゃん赤ちゃんできたんだ…。今喜べないかも…。」

こんな事考えちゃいけないのに・・・。と自分を責める事もあるでしょう?🥲

いえ、どんな思いも、人間である以上起こってしまうのは仕方がないのです。

私達は人間界で絶賛修行中です。感じた煩悩は素直に受け止めましょう。

受け止めようとするだけでも、自分を必要以上に責める必要はなくなります。

悪人正機説について

罪を犯してしまう事も、浄土真宗では前世からの因果と考えるそうです。

浄土真宗では、人間は誰しも煩悩を抱えた存在であり、善悪を単純に分けられるものではないと考えます。だからこそ、自分は完全な善人ではないと自覚した人こそが、阿弥陀仏の救いの対象であるとされます。(悪人正機説)

これは浄土真宗特有の考え方で、そもそも人間は煩悩だらけ=悪人であり、悪人成仏の為に阿弥陀様は本願をおこされたので、「善人でさえ救われるのだから、自分は善人ではないと自覚している人はなおさら救われる。」と記載があります。

罪の重い軽いはあれど、人生の中で誰にでも1つや2つ墓場まで持っていこうと思う失敗はあるでしょう?つまり、善人の方が人間界には少ないかもしれません。
※だが、「悪人でも救ってくれるから大丈夫や!犯罪行為しまくるぞ~!」などと考えるのは間違った解釈で、そんな人間を正すために歎異抄は書かれた。

しかし、前世からの因果と言われて、例えば自分の大切な人が殺されたとしたら、犯人を許せるかというと無理な話なわけで、ちゃんと犯人には人間界でも死んだあとも地獄に堕ちて欲しいと思うのが普通でしょう。

その感情すらも、人間界で煩悩の海に投げ込まれているから、避けられない感情なのかもしれませんが・・・。

私は、悪者はとことん成敗されるべきだという風に考えがちなので、この悪人正機説に関してはちょっと理解するのが難しいなと思いましたが、自分自身も悪人の部分が0.1%でもあるかもしれないと考えると、どんな人でも救済します👐という浄土真宗は、とても懐が深いのかもしれませんね。

どうでもいい話ですが、大谷翔平さんは、来世はもう解脱されて神様側にいらっしゃるんだろうなと勝手に思っています😂

まとめ🌼

歎異抄には、まだまだ興味深い事がたくさん書かれてありましたし、今回私なりの解釈を記載したので、わかりにくいところも多々あったかもしれません🙇‍♂️

辛い出来事に焦点を当てると、極楽浄土へ往って、もう人間界に生まれない方が幸せなのかもしれないと考える事もできますが、この世界で、色々な感情や人間関係を体験できて、嬉しい事も絶対たくさんあるはず。

今人間として生きているこの瞬間を、もっと楽しく謳歌したいなと思いました🌷

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